福耳。

2025年4月22日火曜日

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こんにちは。佐藤です。

皆様は、ご自身の耳について注目することはありますでしょうか。

耳、と言っても、形や大きさ、厚み、もちろん聴力まで色々とあるわけですが、本日お話しするのは見た目についてとなります。

佐藤はですね、いわゆる「福耳」っていいなぁと思うのです。

福耳というのは、大きくて厚みがある耳たぶのことであり、縁起が良いとかたくさんの福が舞い込むとか、成功者になりやすいなどと言われております。

占いなどもそうですが、それそのものが全てを決めるわけでは当然なく、ご本人の努力や他者とのかかわりなどが成功するかどうかにおいて大きく影響するのではと個人的には思うものの、それでもやはり縁起が良いものは一つでも多くある方が気持ち的には嬉しいものです。

そして、たまたまかもしれませんが、テレビなどで成功を収めた様々な方が登場する際などにふと注目してみると、確かに福耳をお持ちの方がたくさんいらっしゃいます。

ところがですね、佐藤自身はと言いましたら、はい、全くもって福耳感はゼロでありまして、多少の特徴はあるものの、何ということはないほぼ普通の耳でしかありません。

繰り返しになりますが、おそらく、「福耳=幸福」、という単純なものではないのでしょうから、それだけに拘るわけでもないのですが、自分の耳を見る時にはいつも、「う~ん、つまらないなぁ…」と思ってしまいます。

さて、そんな中、つい先日佐藤がお風呂に入っていた際にあることが起こりました。

それは、ボディタオルで背中をゴシゴシと洗っていた時だったのですが、たくさんの泡によって手が滑ってしまったのです。

そうしましたら、すぽーん!とタオルが右手からすり抜けまして、背中側から身体の左に向かって飛んでいき、同時に大きな泡の塊が飛び出てきました。

そして、佐藤の顔に泡がくっついたのです。

その瞬間は、目の前にある鏡が曇っている状態でしたので、単に顔の左側に大きな泡の塊が着陸してしまったとしか思いませんでした。

直後にシャワーで鏡を洗い流し、佐藤の姿(ここではどうかお腹周りは想像せず顔周辺だけのイメージにしてください)が鮮明に現れたところで、あることに気がついたのです。

佐藤、大変、大変に驚きました。

そうなんです。

なんと。

なんとなんと。

佐藤の左耳が…

すっごく福耳になっておりました!

お伝えしたように泡の塊がポンッと飛んだものですから、それは佐藤の左耳付近にペタッとくっつきまして、うまい具合に耳たぶの辺りに流れてきて留まっていたのです。

それはもう、ものすごく立派な福耳でありました。

あまりに立派でしたので、佐藤は全身が泡だらけのまま、しばし鏡を見ながら観察をしてしまったほどです。

しかし、それはあくまでも左耳だけであり、右耳はと言いましたら、長年共に過ごし様々な音や声を聴きながらここまでやってきた、いつもの佐藤の耳の形と大きさと厚みでしかありません。

やや右方向に顔を動かせば左の耳だけがよく見えて福耳佐藤となり、左方向に動けばいつもの右耳が見えてノーマル佐藤となります。

ふむ…、なるほどなぁ…。

佐藤は正面を向き、両方の耳を見比べてみました。

縁起が良さそうな福耳(泡加工)とありふれた佐藤の右耳。

それらに注目しつつも、視点を少し変えて顔の全体をよく見た佐藤は、思いました。

違和感たっぷりだな、と。

そもそもが泡の福耳ですから真っ白ですし、ほわっほわっしておりますし、本物の耳とは全然違うわけですが、仮想福耳としては偶然とは言え大変良くできていたため、イメージするには十分でありました。

しかしながら、いいなぁと思っていた福耳は、佐藤にはどうにも似合わないのです。

長年自分の顔やそれぞれのパーツを見慣れているということもあるかもしれませんが、佐藤のこの目や口や鼻や額や頬といったあれこれに対して、福耳が備わっているというのはどうにもしっくりきません。

やはり、いつも通りの、長年一緒にいる耳が佐藤らしいな、そんなことを思いました。

泡の福耳はなかなか自分で作ろうと思ってできる状態でもなかったため多少残念ではありましたが、全てきれいにシャワーで洗い流しまして、これまでと変わらない佐藤の両耳と服を着ていないからこそ強調されてがっかりするお腹が登場したのです。

憧れていたもの、欲しかったものが手に入ったとしても、必ずしも満足できるとは限りません。

また、自分の中での弱点や納得のいかない部分や何かがあったとしても、それをどう受け入れて前に進んでいくのかという意識は大切だと思います。

そんなことを感じた出来事でした。

まぁ、全裸で、泡での福耳という状態ではありましたけれども…。

ふとした瞬間や何気ない出来事からも、学びにつながるケースはあるものだなとよく思います。

そのようなこと、一つ一つを大切にしていきたいものです。

今回の件は、しっかりブログにもなりましたしね(笑)。

冒頭でもお伝えしましたように、福耳だからと言って全てがうまくいくわけではないと思いますし、そもそも佐藤は朝の占いくらいは見ますが、日々あれやこれやと縁起や運勢に注目しているというわけでもありません。

一瞬の福耳体験はしましたが、これからも本来の佐藤の耳と共に佐藤らしく、自らの努力と学びと勢いとセンスと皆様のお力添えをいただきながら毎日をがんばりたいと思います。

何となく自分は運が良い、というポジティブなマインドも非常に大切だと考えていることから、雪がなくなって庭や自宅の周囲のあちこちに登場した昨年全くむしらなかった草達を目にしても、これには良き意味があると信じて過ごしていく予定です。

それでは。

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